思い出と秘密

刀剣乱舞の二次創作置き場。

雨あがりの朧月夜に、狐がいとしい者のもとへ帰る話

これは、ある小狐丸の話──

戦場で拾われた破壊寸前の刀。連れ帰られた本丸の審神者に救われた小狐丸は、残してきたいとしい者に逢うために元の本丸を訪れるが…

この作品には、以下の要素が含まれます。ご注意ください。

・刀剣男士の妻子
・自己解釈・捏造の設定

※作中の和歌について、個人解釈の意訳がついています。
※作中に「雨月物語」を下敷きにした展開・描写があります。

 

 

──これは、ある小狐丸の話。


出陣した部隊が持ち帰ったその刀は、小狐丸といった。
破壊に至らなかったのが不思議なくらいの損傷が認められ、その有様を見た審神者が、触れるのを一瞬ためらうほどであった。
しかし、縁あって巡り会えたのだから、と審神者は寝る間を惜しんで刀の手入れにあたった。
でき得る限りのことを施し、ようやく顔を上げた頃には朝陽が差し込んでおり、審神者は安堵のため息をつくと同時に突っ伏して寝息を立てた。

懸命の処置の甲斐あって小狐丸は破壊をまぬがれ、数日の養生の後には普通の生活を送れるまでに回復した。
彼は自らを救ってくれたことを深く感謝し、恩人である審神者に頭を下げ、これから仕え尽くすことをお許しいただけないか、と願いでた。
審神者はたいそう慌て、当然のことをしたまでです、頭を上げてくださいと必死に頼む拍子に茶をこぼした。
近侍があーもう、主ってば本当にそそっかしいよね!と言いながら畳を拭く間、審神者は小狐丸を見て、照れながら優しい笑みを見せた。
そのとき小狐丸は、この人は我が身を捧ぐるにふさわしい方だ、と心を打たれたのだった。

小狐丸は本丸へ迎え入れられた。
そこは審神者の気質を反映してか、いる者はみな心穏やかな性質で、大家族のように助け合い笑い合って過ごしていた。
どの者も親切に接してくれ、中でも同じ三条の三日月宗近は何くれとよく面倒を見てくれた。
小狐丸は錬度の高い太刀であったので、戦において重用されるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
彼の本体である刀の柄頭には、鈴といくぶん拙い作りの小さな小さな守り袋がつけられており、古びて汚れてしまったそれを、小狐丸は大切に扱っていた。

小狐丸が本丸に馴染んだことを、審神者は嬉しく思っていた。
貴重な刀として名高い彼が、なぜあのような状態で戦地に置き去りにされていたのかはわからない。
また、主を強く慕う刀とされている彼が、元いた場所へ帰りたがらないことが審神者は気にかかっていた。

小狐丸は、常に寡黙で物憂げであった。
それは決して機嫌が悪いのではなく、いつも心に深い悲しみや寂しさを抱くあまりに、それが振る舞いに出てしまうのではないかと周囲には映っていた。
演練で顔を合わせる同業者の話によれば、本来の彼はもっと明るい性格で、冗談なども好んで言うらしい。
審神者は意を決して、恐らくもっとも親しいであろう三日月にそれとなく訊ねてみた。
何か力になれることがあるならしてやりたい、そう考えてのことだった。

鷹揚な平安の刀は、審神者の問いを受けて、ゆったりと視線を彷徨わせた。
「そうさな…恐らく、別れた者に会いたいのであろうよ。時折、あの守り袋にふれながら物を想っているぞ」
「…私に遠慮をして、戻りたいと言い出せないのでしょうか」
審神者は目を伏せた。
きっと恩を感じて言い出せないのだろう、と。
「ふむ…それはまた違うと思うがな」
と三日月は言葉をかけたが、審神者はひとつ大きく頷くと、
「小狐丸さんの本丸を探すことにします!待っている方がいるのなら、帰るべきです」
と宣言した。
三日月はまだ言い足りないことがある様子であったが、小さく首を傾げ、ゆるりと微笑むと言葉を継がずに済ませた。

翌日、小狐丸は審神者に呼ばれ、元いた本丸の手がかりになりそうな事柄を聞き取られていた。
「…え、小狐丸さん、奥さんと子供さんがいたんですか!」
審神者は大きく目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。
「最後に以前の本丸より出陣した際、妻は身重でした」
その答えを聞き、審神者が泣きそうな顔になる。
「もっと早くそのことを知っていれば、このようにお引止めしませんでしたのに…」
その様を見て、慌てて小狐丸は付け加えた。
「いえ!ぬしさま!私がこちらに置いていただきたいと申し出たのです!どうかそのようなことを仰らないでください。それに…私にはわからないのです。あれから、どのくらいの年月が経ったのか。元より我らは感覚が人と違いますゆえ…もしかしたら、もう妻は儚くなっておるやもしれませぬ」
語るにつれて小さくなる小狐丸の声を、審神者は沈痛な面持ちで聞いた。
しかし、気を取り直したようにこう言う。
審神者としての名前、国、そして奥さんとお子さんがいる…これだけの材料があれば、現在の消息が掴めるかもしれません。絶対に、元の本丸へ、奥さんとお子さんの元へ行けるよう頑張りますから。お願いですから、私へ遠慮したりしないでください。子には、特に人の子には親が必要です。小狐丸さんはお帰りになるべきです。私は親がおりません。だからこそ、帰ることができる貴方は、帰って差し上げて欲しいと思います」
ぬしさま…」
審神者は励ますように明るく笑った。
「そんなしょげた顔しないでください!大丈夫です。あ、お子さんのことは政府には届け出られてましたか?」
「ええ、妻が報告していたと記憶しております。確か、政府から祝いが届いていたような」
うんうん、と審神者は大きく頷く。
「わかりました!ではさっそく問い合わせてみますね」
そして、立ち上がり、小狐丸の前まで来るとその手を取った。
「消息がわかったら、私もご挨拶に伺っていいですか?小狐丸さんの奥さんとお子さんに会ってみたいです」
小狐丸は泣きそうな顔に満面の笑顔を浮かべ、
「もちろんですとも、ぬしさま!」
とその手をぎゅっと握り返した。


******


審神者の熱意が通じたのか、その日は案外はやく訪れた。
該当する本丸が見つかったとの連絡を、本丸付きの式神であるこんのすけが持って来たのである。
その頃には小狐丸の事情は皆の知るところとなっていたので、一同はワッと喜びに沸いた。
審神者は書き取るためのメモを用意し、
「こんのすけ、ではまず位置情報を教えてください」
と促した。
こんのすけが持ち帰ったデータを読み上げる。
すらすらとメモを取った審神者が、確認のために二回目の暗誦を頼んだとき、こんのすけに異変が起こった。

通常は可愛らしさを感じる声質であるのに、急に間延びしたかのように声が鈍くなり、更に男の野太い声に変化した。
周囲がざわめく中、三日月がうつくしい眉を顰めたのを審神者は見た。
そして、とうとうこんのすけは、情報を読み上げることができずに途中で急に倒れてしまったのである。
「こんのすけ!」
場は違った意味で騒然となり、こんのすけを介抱しようと皆が駆け寄った。
結局、何を試しても反応がなくなったこんのすけは、いったん政府に回収されることとなった。メンテナンスを終えて帰ってくるのは5日後だという。

「それまで訪問はお預けになっちゃうの?」
その日の近侍である乱藤四郎が心配そうに審神者に訊ねた。
審神者は悩ましげに眉を寄せて考え込む。

こんのすけの持ち帰ったデータの容量を見た限りでは、位置情報の後にも何か伝えるべき内容があった筈である。
こんのすけを引き取りに来た政府の担当者にその旨を確認してみたが、管轄が違うのでわからないとのことだった。
すべての情報を確認せずに小狐丸を行かせていいものか。
知るべきことを知らずして送り出した後に何かあったらと考えると、こんのすけの戻りを待った方がいいのではないかと思われた。
しかし──
「あんなに小狐丸さん楽しみにしてたのにね」
乱のしょんぼりした声が迷いに追い討ちをかける。
そう、ここ最近の小狐丸は、以前の様子が何かの間違いだったかのように明るく楽しげであったのである。
審神者は決断した。
「いや、予定通り明後日に送り出そう。小狐丸さんの本丸に繋ぐくらいは私ひとりで事足りるし、位置を伝えてきたなら、先方も承知しているということだろうし。何より、これ以上お待たせするのは小狐丸さんが気の毒だものね」
なにかあったら、私が責任を取るよ、と審神者が笑うと、乱はまるで我がことのように喜んで、その首にかじりついた。

翌日は出陣も遠征も休みとなり、小狐丸に持たせる土産の用意に終始した。
子供の喜びそうな菓子をつくる者、本丸でつくった干し野菜や干し柿を持たせようと包む者、万屋にて奥方への贈り物を選ぶ者…審神者は奥方である先方の審神者へ、丁寧な手紙をしたためた。そして、小狐丸に守り袋を手渡した。
「餞別…というほどのものでもないけれど。私の念を込めましたから、少しはお役に立つかな、と思います」
はにかんだ笑顔に自身も笑みを返しながら、小狐丸は大事にそれを受け取り、「大切にいたします、ぬしさま」と首からかけた。

そして当日。
無事に教えられた位置情報へのアクセスが済み、一同の見送りを前に小狐丸は恐縮していた。
彼の両手は持たされた土産で塞がっている。
審神者は本丸までついて行くつもりでその場に控えていたが、小狐丸に丁重に断られて困惑していた。
「私も挨拶に伺う、と申し上げていたじゃないですか」
「いいえぬしさま。此度は私のみで参ります。念の為、でございます。何があるかわかりませんゆえ。何があろうと必ずや帰って参りますので、ご訪問は次の機会に」
納得のいかない審神者の肩に、ふわっと手が乗せられる。
「…三日月さん」
「主よ、長らく離れておった夫婦の再会ぞ。邪魔をするのは野暮というものだろうよ」
柔らかくそう諭されれば、審神者も「それもそうですね…」と退かざるを得ない。
小狐丸は三日月に目線をやり、審神者に微笑んで、「では、行って参ります」と頭を下げた。
賑やかな「いってらっしゃ~い」の声を背に、小狐丸の姿はゲートの奥に消えた。

 

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