思い出と秘密

刀剣乱舞の二次創作置き場。

はじめに

当ブログは、ブラウザゲーム「刀剣乱舞」二次小説を掲載しております。

 

! 夢要素がありますので、苦手な方は閲覧に注意してください。

! 原作にはない設定や独自の解釈が作中に出てきます。

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◆◇◆ 目次 

 雨あがりの朧月夜に、狐がいとしい者のもとへ帰る話(小狐丸×女審神者

 

雨あがりの朧月夜に、狐がいとしい者のもとへ帰る話

これは、ある小狐丸の話──

戦場で拾われた破壊寸前の刀。連れ帰られた本丸の審神者に救われた小狐丸は、残してきたいとしい者に逢うために元の本丸を訪れるが…

この作品には、以下の要素が含まれます。ご注意ください。

・刀剣男士の妻子
・自己解釈・捏造の設定

※作中の和歌について、個人解釈の意訳がついています。
※作中に「雨月物語」を下敷きにした展開・描写があります。

 

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雨あがりの朧月夜に、狐が愛しい者のもとへ帰る話

進んだ先は夜だった。
周囲に立ち込める湿り気と匂いから、雨が降ったものとみえる。
月はぼんやりとかすみ、弱い光を地上に投げかけている。
濡れた草を踏みしめ歩けば、懐かしさが込み上げた。
先に長屋門が見える。本丸だ。
小狐丸は走り出したい気持ちを抑え、ゆっくりと近づいた。
門をくぐり、玄関へ駆け込むともどかしく履物を脱ぎ中へ入る。
応接の間を抜け廊下を進むが、人の気配がしない。
今が何時かはわからぬが、ひとりも刀剣男士の姿が見えないのは妙だ。
どこかに集まっているのか。
そう考え、皆で食事をとっていた大広間を目指す。
その間も誰とも行き会わなかった。

小狐丸は、ひたりと足を止めた。

おかしい。まるでもぬけの殻のようだ。
「誰かおらぬか!小狐が戻ったぞ!」
呼ばうも応えはない。
広々とした屋敷の中は、声がこだましそうな静けさに満ちている。
もう我慢ができなかった。
小狐丸は廊下を駆け抜け、審神者の住まう棟へ急いだ。
自分が留守にした間に何かが起こったのは明白だった。敵襲ではなさそうなことだけが救いだ。
誰もいないにも関わらず建物はきれいに手入れされている。あかりも灯っている。
…もしや、鶴丸あたりが自分を驚かそうと仕掛けたことではないか。
そんな考えが浮かぶほど、誰もいないこと以外は変わりない邸内の様子だ。

ようやく目的の部屋まで辿り着く。
審神者である妻と暮らしていた部屋だ。
部屋の襖は閉まっており、あかりが漏れている。
震える手でほとほとと叩いた。
「…誰?」
中から、懐かしい、涙が出るほど慕わしい声が、した。


******


久方ぶりに会った妻は、最後に見た姿より年を重ねて見えた。
そして、その体はひと回り痩せ儚げな風情を漂わせていた。
その唇が戦慄き細い手が差し伸べられると同時に、小狐丸はその体を強く抱きしめた。
「ずっと…ずっと待ってました…」
妻の涙を親指で拭い、そのまぶた、頬に口付ける。
濡れたそこはひんやり冷たかった。
「長く待たせた…相済まぬ」
会えなかった年月を取り戻し埋めるように、ふたりの抱擁はほどけることがなかった。

ようやっと妻のおとがいを離した小狐丸は、
「やや子は…やや子は如何した」
と囁くように妻に問うた。
「無事に生まれました。男児です。起こしてきましょう」
そっと夫から離れ、妻は奥へ向かった。
小狐丸は先ほど取り落としてしまった土産物の包みを拾った。初めて会う息子に、動悸が激しくなる。自分を父だとわかるだろうか。怖がって泣いたりはされまいか。
「あなた」
呼びかけに振り返れば、妻の腕に抱かれた幼子が眠たげに目をこすっていた。
見事に自分そっくりである。
その白くふっさりとした髪、赤い瞳、ちらりと覗く犬歯。
「ほら、お父ちゃまよ」
幼子は眠さで機嫌が悪いのか、怪訝そうに小狐丸を見つめるばかりである。
仕方ないわねえ、と妻は笑い、小狐丸へと息子を差し出した。

恐る恐る抱き上げてみれば、ずしりとした重みとぬくもりに強い感情が突き上げた。
自分の血を継いだ我が子、それを抱いたそのとき、小狐丸は後頭部を思い切り殴られたような衝撃を受けた。
目も鼻も口も、すべてが自分の血肉を分けたものであるその存在は小狐丸の心を激しく揺さぶった。
しばらくは声も出なかった。
その様子を、妻が慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。

その夜は川の字で寝た。
幼い者がすっかり寝入ると、小狐丸は妻を愛した。
妻が涙ながらに訴える、待った年月のつらさを慰めた。会いたかった気持ちを深く深く伝えた。しあわせで何も考えられなくなりそうだった。
最中にふと思い出し、本丸に誰の姿も見えないことを妻に訊ねたが、その話は明日しましょう、と抱きしめられ、そのまま何も考えられなくなり溺れていった。

 

日差しが直接まぶたにあたる感覚で意識が浮上した。
まぶしくて身をよじり、隣を手で探る。布団の感触がないのに気づき身を起こせば、そこは荒れ果てた建物の一室だった。
屋根がところどころ朽ちており、そこから日光が差し込んでいる。
畳もあちこちが腐っており、剥がれている箇所もある。
自分が持ち込んだ土産ものは昨晩ひろげたままの状態で置いてあり、自分の体の下には古びた女物の着物が敷かれていた。

小狐丸は辺りを見回し、瞬時にすべてを悟った。
きつく目を瞑り、強い感情を押し込める。ひとつ息をつき、立ち上がると迷わず奥へ進んでいった。

そこはかつて、妻と居間として使っていた部屋だった。
忙しい日々を送っていたふたりが、やっとくつろげる夜更けにお茶を飲み他愛のない話をしたり、寄り添ってひとつの書物に見入ったり、そんな平凡で小さな幸せのあった部屋だった。
妻に、身篭ったと打ち明けられたのもここだった。抱きしめ合ってふたりで少し泣いた。しあわせだった。

朽ち果てた、かつては居間だった部屋の片隅に、見慣れた箱を見つけた。
妻の手箱だった。
まるでそれだけ時が止まったかのように、うつくしい蒔絵もそのままに、それはそこにあった。
小狐丸は震える手で蓋を開けた。
中に、きれいな色合いの和紙に包まれた何かが入っている。
開けば、そこには小さな守り袋があった。拙い作りの、小さな小さな守り袋。
包み紙に、歌が見えた。

さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か

妻の筆跡だった。

小狐丸の目から涙が落ちた。
大きな体躯をかがめ、身を震わせて小狐丸は泣いた。
最後に見た妻の姿が、そして、これまで心の奥底に封じ込められていた記憶が蘇った。

──いつものように妻に見送られて出陣したあの日。
錬度の低い者たちを率い、隊長である小狐丸は無理なく経験を積める戦場へと来ていた。
決して、油断をしていたわけではなかった。
にも関わらず、気づけばとても相手にしきれない数の敵に囲まれていた。
有り得ない数だった。
少し離れた所に、別の本丸所属の部隊がいた。
同行していたそこの審神者に敵側に出陣の情報が漏れたらしいことを聞いた。

…その後は、地獄だった。

地獄とはこういうことを言うのだろう、と心から思った。
仲間が次々に倒れゆく中、他本丸の審神者が叫ぶ声が聞こえた。
「いくつもの本丸に敵襲がかかっている!小狐丸、君の本丸に戻れ!今すぐ…」
それを最後に、彼の声が聞こえることはなかった。

どのくらいの時間が経ったのか。
もう小狐丸は指先すら動かせなくなっていた。
そこかしこに走る傷は深く、もうこれ以上は戦えないと悟った。
目を閉じれば、笑う妻の顔が見えた。
妻の、体には、私の、やや子が…

── 暗転 ──

「睡蓮…!」
愛しい妻の真名を呼んだ。
魂だけになってなお、自分を待ち続けていた愛しい女の名を。
たとえ夢となってもひとめ逢いたいと、朽ちても待ち続けていた妻の名を。
もう誰に聞こえても誰に知られても構わない、もう誰に知られても困らないのだ…
彼女の手により書かれた歌が、滴り落ちる涙に滲んでいく。

さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か

…愛しいあなたが帰ってくるだろうと思う気持ちに裏切られながら、それでもよく私は長らえたことだわ。今日という日まで。

持つ手が傾き、箱の中身が落ちる。
拾い上げてみれば、それは赤ん坊用の靴下であった。
気の早い妻が、時間を見つけては少しずつ少しずつ編んでいたもの。決して器用とはいえない妻が、苦心しながらしあわせそうに編んでいた様が浮かんで、小狐丸はまた泣いた。


******


廃屋となった本丸の朽ちた門をくぐり、振り返り小狐丸は小さな声で諳んじた。

寝ても見ゆ寝でも見えけりおほかたは空蝉の世ぞ夢にはありける

──眠っても、目覚めていてもお前の面影が目交いまなかいに浮かぶ。およそ、この世の方が夢なのであろう…

 

戻ってこない小狐丸の消息を、審神者は必死になり探していた。

皆に見送られて出かけていった小狐丸は、数日が経過しても戻ってこなかった。
事情が事情だけに、まあのんびりしてきてくれれば…などと和やかに考えていた本丸の面々だったが、予定よりも早くメンテナンスより戻ってきたこんのすけが齎した情報により、恐慌状態に陥ることとなった。

審神者が書き取った位置情報に本丸は存在しないこと。
そもそも、そのような情報を持ち帰った履歴はないこと。
先日、本丸に到着してから後の記録がこんのすけにないこと。
小狐丸の所属していた本丸は以前たしかに存在したが、敵襲の影響で時空を漂流状態であり、また所属していた者はすべて亡くなっていること──

「どういうことなんですか?!」
怒ったところなど見たこともない穏やかな審神者の激昂する姿に、その場にいた刀剣たちは真っ青になった。
小狐丸が消えた場所へのアクセスを試みるも、一向に繋がらない。
審神者は止める声を振り切り、連日に渡って徹夜で手がかりを求め続け、ある日とうとう倒れてしまった。
こんのすけは方々から責められ続け憔悴しきっている。
小狐丸の行方は、依然として知れない。


目を開いた審神者は、寝かされている布団の周りを刀剣たちが取り囲んでいるのに気づき、驚いて身を起こそうとして一斉に止められた。
目を覚ましたことで気が緩んだものか、短刀たちがべそをかき始める。
その頭を順番に撫でてやりながら、小狐丸の姿を探して審神者は肩を落とした。

「主、あのね…」
つられてしまったのか、半泣きになりながら乱が口を開く。
「おまじない、聞いたの…迷ってしまった者が帰ってくる、おまじない。一緒にやろ?」
口々にやりましょうと声が上がる。
もうこうなったら神頼みだ、いやいなくなってしまったのは神なのだが、その場合は効果があるのか、等と考えつつ、審神者は苦笑して頷く。

そして、一同が神妙な顔を見合わせ、こんのすけの合図で声を揃えておまじないを唱えた。

たち別れ因幡の山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む

どたどたどたっと派手な足音が響き、「ぬしさまっ!」と探し人ならぬ狐が部屋に駆け込んできたのは、唱えた数十秒後だった。
「すごい、本当に帰ってきた!『迷い猫を探すおまじない』で!」
と乱が小さく上げた感嘆の声は、その後の騒ぎに掻き消されて誰の耳にも届かなかった。


******


「守り袋?」
「はい、ぬしさまからいただいたこれが、私を導いてくれました」
小狐丸は嬉しそうに笑ってそう言った。
守り袋といえば、と審神者は小狐丸の太刀を見やる。しかし、そこにいつもあった守り袋はなかった。
「小狐丸さん、そこにつけていたものは?」
審神者が問えば、小狐丸は静かに笑み、
「…もう、良いのです」
と答える。
「あちらに置いて参りました。すべて」
そう言い穏やかに笑うその顔がつらく、審神者はうつむきながら小さな声で更に問う。
「…その、奥さんとお子さんは…」
「息災でございました」
即答だった。思わず審神者は顔を上げて小狐丸を見やる。

「もう息子も大きゅうなっておりまして、長く留守にしておった父などおらぬとも平気そうでございました。妻もこちらへ戻れとしつこく言いますので、これからも変わりなくぬしさまのお傍で…ぬしさま?」
審神者は懸命に堪えたが、どうしても涙を堰き止めることができなかった。
慌てた小狐丸があれこれと慰めるも、わんわんと泣き続けて彼をえらく困らせたのであった。


******

「三日月さんは、もしかして知っていたの?」
「ああ、本人は知らぬようだが、太刀に守り袋を付けた錬度の高い小狐丸の噂は演練などで耳にしておったからな。その本丸の顛末も、な…人の噂は時に鋭く真実をつくものだ」
「じゃあ、どうして行かせたんですか?もし言ってくれていたら、こんなことには…」
「行くべきだと思ったから、といったら主は怒るやもしれんな。だが、きっと小狐丸は悔いてはおらぬと思うぞ」
「そうでしょうか…」
「ああ、きっとな」


小狐丸は今の主が大好きである。
大切なものは失くしたが、そしてそれはとても悲しいことだが、新たにできた大切な存在を想えば、それも薄れる気がされる。
別れはつらく悲しい。
しかし、長い道のりの中、いつかまた会えるときもあろう。
こうして前を向き歩んでいれば、いつか。
もし、もしまた大切なものがこの手から零れ落ちたとしても、もらったあたたかさはなくならない。もらった思い出はなくならない。
小狐丸が忘れない限り。

小狐丸の首には、今日も守り袋がかかっている。
時折、かつて揺れていた小さな小さな守り袋を思い出し切なくなる。
かけがえなき思い出は変わらずに胸にあり、そこへ新しい思い出が積み重なっていく。
過去も今も、すべて小狐丸の心にある。
愛しいものに別れは告げない。ただ、今は先に進まねばならない。
いつか、いつかすべてが終わる日が来たら、そのときはきっと迎えに行こう。今の愛しい者を見送ったのちに。

それまで、しばしの別れじゃ。

小狐丸は夜空を見上げる。
ひとつ、星が流れた。
三たび口にできずとも、もう小狐丸は叶うと知っている。
目を閉じれば、愛しいぬくもりが蘇る。

小狐丸はもうひとりではない。
それはとても、しあわせなことだった。

 
fin